特にヤバそうな届出書を数枚倉庫から持ってきたところ、
美香が伴沢を見つけるや血相を変えてやってきた
「係長、須川さんがすぐに電話欲しいって!」
「須川さん?」
仕事はとにかくキレる。キレすぎて40台前半に課長に抜擢されたが、そこからパワハラの素地が開花し、何人の職員を病院送りにしたことか・・・。
須川の課に異動した者は「ご愁傷様」と言われて異動する・・・。
異動を聞いた瞬間に退職した者や、異動の際には遺書を書く者もいたとか。
さすがに自殺者が連続発生した翌年に人事が重い腰を上げ、わざわざ閑職の部長ポストを作った。
そこからの被害を最小限に食い止めた・・・というのが全部うわさ話。
かといって、部下全員に均等にパワハラするわけではなく、2~3人が集中砲火を浴びるらしい。
そして、なぜか須川は伴沢を気に入っている。庁舎内で出くわすとなぜか向こうから世間話を切り出し、10~20分は足止めを食らう。
下手な切り返しをしてパワハラの標的にされても困るので、全力で話を合わせるようにしている。
確か春に引退したハズだが・・・。
「どこに電話すればいい?」
「市民相談です。」
「市民相談?」
「再任用で市民相談をやっているそうですよ。係長、知らなかったんですか?」
・・・伴沢はあまり他人の異動に興味がない。
なぜか、異動内示をその日のうちに丸暗記する猛者がいるのだが・・・その能力を仕事に生かせばいいと思っている。
「住民課の伴沢ですが、須川さんはいますか?」
「伴沢君、忙しいところ悪いね。今すぐ来て欲しいんだが・・・」
「どうかなさいましたか?」
「今ちょうど、戸籍のことで市民相談を受けているんだが・・・、あまり見たことがない記載が多くて、ちょっと見てくれないか?」
「・・・分かりました。すぐにそちらに伺います」
市民相談室に出向くと「いやぁ、悪かったね」と須川が声をかける。
再任用になると穏やかになるのか?
かつてのカミソリのような鋭さは感じない。
テーブルの向こうには50代くらいの女性と、20代後半くらいの女性。母子か?
「こちらの方なんだけど、お父さんの戸籍に知らない子どもが入っているようだとおっしゃるんだが・・・」
テーブルには数葉の戸籍。
「住民課の伴沢です。戸籍を見せていただけますか?」
「お忙しいところすいません。どうぞ見てください」
戸籍を見た瞬間「え!?」と声が出た。
「どうかなさいましたか?」
「あ、・・・いえ・・・」
水田の戸籍。間違いない。発行日は1年ほど前。
・・・だが、最近窓口に来たとは言えない。
水田と違ってまさに善良な一般市民。
「その、『まり』という子は、父の子なんでしょうか?」
「・・・ええ、そうです」
ハッキリと『認知』と書いてある。ごまかしようもない。
「・・・そうですか・・・」
母子は落胆の様子だった。
「実は、こちらの方、その水田さんの娘さんとお孫さんで、娘さんが小さいときにご両親は離別したようなんですが、父親名義の家にそのまま今も住んでいる、ということのようだ」
伴沢は問題の意味をすぐに理解した。
「父は高齢ですから、そろそろ相続のことも考えなくてはいけないのですが・・・。もう何十年も父と連絡は取っていませんので、どんな状況かも分からず、1年前に知人のアドバイスで父の戸籍を取ってみたら、良く分からないのですが子供が他にいるようで」
離婚したあと、水田は自分の家から元妻と子を置いて出て行ったのか。
「この、『まり』という子は水田さんの実子ということだね?」
「そうなります」
「ということは、相続となれば・・・?」
「実子ですので相続人ですね?」
しばらく沈黙。
「あ、あの・・・家はどうなるんでしょうか?」
「申し訳ありませんが、専門家ではありませんので、そこはちょっと・・・」
他に財産が有れば財産分与で家を相続すればいいが、水田のあの様子で他に財産があるかは想像できない。
しかも相手は2歳児。相続となれば親権者であるフィリピン人の母親が出てくる。
・・・伴沢は他にも気がかりなことがあるが・・・不確定なことは言えない。
「難しい相続となると専門家に依頼するのが一番確実ですよ」
キレ者の須川でも決して法律家ではない。
「しばらく連絡をとっていらっしゃらないのであれば、まずは連絡をとってみたらいかがでしょう?」
すると、困ったようなそぶりを見せる母子。
「連絡を取るにもどこにいるのかさっぱり・・・?」
「戸籍の附票を取得してください」
「戸籍の附票?」
「そこに住所が書いてあります。住民課で発行できますので、後ほどお寄りください」
「私たちでもとれるんですか?」
「親子でしたら大丈夫ですよ」
「あ、ありがとうございます」
(つづく)
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