そして、まりの母欄には・・・
「ナガタ・アンジェラ・メンドーサ?」
「国籍はフィリピンだな」
しかし、一郎はアンジェラと婚姻中ではない。
「うーん、どういうことだ?」
75歳の男が離婚して子どもを引き取って育てる?なかなか想像し難い。
しかもあのじいさんだ。
戸籍をよく見ると、編成日は1年前。
「隣町から転籍か・・・。」
これでは、1年以上前の情報は記載されない。移記事項(※)を除いて。
「まりちゃんが生まれてから転籍するまでの間に、離婚したか・・・胎児認知かな」
「胎児認知?」
丸井は初めて聞く言葉に、興味を示す。
「カンタンに言うと、外国人の母親のおなかの子に対して日本人男性が『自分の子』として認知届を出すと、そのおなかの子は日本国籍を取得できる」
「そうなんですね。」
「これが出生後に認知しても原則として日本国籍は取得できない。だから胎児の時に認知届を出さないといけない。」
丸井は不思議そうな顔をしている。
「まぁ、普通に婚姻中であれば母親の夫が父と類推が働くから、そんな手続きはいらないんだけどね」
「訳アリってことですね」
「ま、そんなとこかな。日本で暮らすなら日本国籍の方が断然有利だからね。日本は特に在留資格が厳しいから」
といいながら、伴沢は念のため住民票を開いてみる。すると・・・。
「!?」
「係長、どうしたんですか?」
「児童手当」
「え?」
一郎は児童手当受給中だ。『知らないガキ』の児童手当をちゃっかりもらっていることになる。
「これは、事件だな」
翌日。
「係長。ちょっと」
丸井に呼び止められる。
「これを見てください」
水田の住民票の請求用紙と、委任状。
委任状はきれいにワープロで打ち込まれている。水田一郎の名前も印字だ。署名はない。
そして、100円均一で売っているような水田の認印。
本当に水田一郎が作った委任状?
「ちょっと話を聞いてみるか」
請求人は牧という40代後半ぐらいの男。スーツ姿でオールバックの髪。いかにも神経質そうなメガネ。要注意人物のニオイがなんとなく、する。
「ああ、係長さんですか」
期せず向こうから話しかけてきた。
「お待たせしました。どういう用途にお使いですか?」
「お子さんのお母さんが外国人なもので。いろいろ手続きに必要なんです」
「行政書士か、なにかされているんですか?」
行政書士なら職務上の請求書を使えば職権で住民票を取得できる。委任状は必要ない。・・・職務上請求を使わない行政書士もいるが。
「いえいえ、知り合いのようなものです。どうも昨日は本人がこちらにおじゃましたようですが」
・・・昨日のことを知ってる?
「あ、そうだったんですね」
伴沢はあえて知らないふりをした。
「最近、本人は高齢でボケているようで・・・こちらに来ている間に何の用事で市役所に来たのか分からなくなったようでして」
笑っているが、目が笑っていない。・・・やはりあやしい。
昨日の水田はそんな様子ではなかった。
児童手当のことも知っているかもしれないが・・・迂闊には聞けない。
「この委任状はご本人が作られたのですか?」
「さすがに高齢なので文面は私が作りました。印鑑は本人が間違いなく押していますよ」
慣れている・・・。あやしいが、委任状が偽造された証拠はない。これは住民票を出すしかなさそうだ。
「では、準備しますので、少々お待ちください」
腑に落ちないながらも住民票を打ち出す伴沢。
「あれ?」
よく見ると、まりの前住所と、牧の今の住所。同じ。
・・・ただの知り合いではなさそうだ。
(つづく)
(※)移記事項・・・新しい戸籍を編成した場合に、古い戸籍から記録しなければならない事項。出生、父母、婚姻中の婚姻事項などが該当。離婚など除かれた事項は新しい戸籍には記載されない。市町村をまたいで戸籍を動かすと離婚歴が消える、というのがまさにコレ。
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