初めての方は第1話①からお読みください
翌日。
仲が良くても顔を見たくないタイミングというものがある。
そして、そういうタイミングに限って、その相手が現れる。
「伴沢君、元気?」
聞き慣れた声の主は優子。今、最も顔を見たくない相手の一人だ。
「はっ・・・ど、どうした」
考えごとをしていて不意を突かれた伴沢は、声が裏返ってしまった。
「風邪でも引いたの?」
「いや、そんなことはないよ、ああああああ、のどの調子が・・・」
「仕事中にぼーっとしてるからでしょ?」
ぼーっとしてるんじゃなくて、お前のことを考えてたんだぞ!と言い返したいが、とても言えない。
「いや、ちょっと考え事・・・何しに来た?」
「公用請求の住民票を取りに来た。なんか最近忙しくてね~。『攻める農業』なんて言って農業のブランド化をしろってうるさいんだよね」
農業のブランド化と住民票がどう関係するのかよく分からないが、とにかく忙しそうだ。
「内田さんとこも大変なんだな」
入庁したては、『優子』と呼んでいたが、結婚してからは、名字で呼ぶことにした。
呼び方を変えたときは、『優子でいいよぉ』なんて言われたが、伴沢にもいろいろと思うところもあって、気が付いたら定着していた。
「ところでさ・・・、ちょっと聞いて欲しいんだけど」
伴沢、嫌な予感。
「あー、その件でしたら市役所は関係ありません!」
不機嫌そうに電話で返事をしている小澤。
小澤にはめずらしくもなんともない光景。
「ですから、婚姻届は返しちゃったんです。だから市役所は関係ないんです!」
語気が強まる。早く電話を切りたいという負のオーラが周りにハッキリわかる。
「え、伴沢ですか?」
小澤の目には女性と話をしている伴沢の姿が見えている。
「伴沢は打ち合わせ中です。え?折り返しですか?・・・忙しいんでまたかけてもらえませんか?」
「最近、旦那の様子がおかしいんだよねー」
伴沢、ビクッ。
「どうしたの?」
「あ、いや、・・・どんな様子?」
これはヤバそうだな・・・。
「家の中でもずーっと上の空というか・・・。話しかけてもちゃんと聞いてないみたいで」
「また合コンのことでも考えてるんじゃないか?」
「合コンとか浮気だったらなんとなーく分かるんだけど、ちょっと違うんだよね」
妻に内緒で別の女性と婚姻届を出したと知られたら、タダではすまないからな・・・。
「悩み事でもあるんじゃないかな?」
「アイツに悩み事!?」
「見かけによらず繊細かもしれないし・・・。そっとしておくのが一番じゃないかな?」
・・・早く終わってくれ・・・。
「悩むようなタイプじゃないけどな・・・」
「男っていうのは、意外と繊細なんだよ」
「そうなのかな・・・?」
「とにかく、そういう時はそうっと見守るのが一番」
「わかった、ありがと!」
背中をポンと叩く優子。
伴沢は変な汗をかいていた。
「えーと、伴沢ですね。少々お待ちください」
丸井は、伴沢を目で探す。
「係長。電話です。荒木さんって女性からです」
(今度はこっちか)
神経がすり減りすぎて、頭がおかしくなりそうだ。
伴沢は大きく深呼吸。
「お待たせしました、伴沢です」
「荒木です。ちょっとお聞きしたいのですが?」
「・・・どうぞ」
「彼の住所を調べたいのですが・・・」
「住所を調べる?」
市役所では住所を調べるということはできない。
「住民課で教えてくれませんか?」
「こちらでは住所を教えるということはできないんです。住民票を取ってもらうには相手の正確な住所と名前、住民票を請求する正当な理由が必要です」
ここはハッキリ言うしかない。
「住所が分からないと住民票はとれない?」
「ええ」
「・・・困ります。なにか方法はありませんか?名前は分かります」
相手は分かっている。しかし、それは教えられない。
もどかしいのは伴沢も同じだ。
「住宅地図を見ても分かりませんか?」
「家に行ったことがないので・・・」
住所が分からなければ同姓同名の他人の住民票が出る恐れがある。
「ご希望に沿えず、申し訳ありません」
しっかり意識しておかないと、口が勝手に「内田」とつぶやいてしまいそうだ。
ぐっとこらえる。
「・・・そちらに行ってもいいですか?」
麻沙美はあきらめきれない。
しかし、電話で答えられないものは、窓口に来ても答えられない。
「お力になれないかもしれませんが・・・」
なにもできないが、『来るな』とも言えない。
では、向かいます。と言って電話は切れた。
特に仲が良くも悪くもないが、顔をみたくないタイミングというものもある。
(つづく)
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