初めての方は第1話①からお読みください
一方の伴沢は・・・
「八木さん」
宿直室。
八木は長い夜勤の準備の最中だった。
「伴沢さん、どうした?」
「防犯カメラ、見せてください」
「・・・例の日の件か?」
「そうです、提出したときと返却したときの画像が見たい」
「わかった、ちょっと準備するから待ってくれ・・・」
年齢の割にテキパキと準備する八木。半沢は感心する。
「八木さん、以前、防犯カメラを操作したことがあるんですか?」
「実は、警備会社に勤めていて、防犯カメラの操作はお手モノだよ。直近のデータはハードディスクに保存済み。すぐに出せるようにしておいたのさ」
八木は笑いながら話す。前回会った時の苦悶の表情とは大違いだ。
「では、なぜ市役所の宿直に・・・?」
警備員の方が待遇は断然良さそうだな、と半沢は率直に思ったが・・・。
「ワシは足が悪くて・・・。ケガをしてから、長い時間立ってられないんだ」
気が付かなかったが、言われてみれば少し足を引きずっている。
「それに、ワシらの年じゃ、屋外の警備しか仕事はないさ。もう、真夏や真冬の外の警備はこりごりでね」
と言っている間に、問題のシーンが再生された。
「しばらく車の中で待っていたよ、あのふたりは」
八木はしっかり覚えているようだ。
「なにか不自然なところはありませんでしたか?」
「うーん、特にはなかったな。ちょっと男の方が冷めている感じは、した」
「冷めてる?」
「女の子の方は、はしゃいでいたが、男の方はあまりしゃべらなかったな。まあ、無口なのかもしれないが」
「(やっぱり詐欺なのか・・・)他には?」
「1回目と2回目で、車が違った」
「車が違う?」
「1回目は普通車だったが、2回目は軽だったな」
車が違う?乗り換えた?なぜ?
「車が映っている映像はありませんか?」
「ちょっと待ってくれ」
八木は防犯カメラに接続されたPCを手際よく操作する。
「これだな」
画面は屋外に切り替わる。
「1回目がこれ。2回目がこっち」
暗くて分かりにくいが、確かに車種は違うようだ。大きさが明らかに違う。
2回目は、1BOXタイプの軽。後部座席がスライドドアになってるタイプだ。
「さすがにナンバーは読めないですね」
伴沢はナンバーが読めれば男を特定する手掛かりになるかもしれないと思ったが、この画像の暗さでは無理そうだ。
そこで八木がにやり。
「ナンバーなら控えてある」
「マジすか!」
「最近、放置車両が時々あって、夜間はナンバーを控えておくのがルールになっておる」
「見せてもらえますか?」
「これだが・・・見せたことは内密にしてくれ」
「わかりました」
1回目は「わ」ナンバー。レンタカー。2回目の車は通常の地元ナンバーだ。
「八木さん、ありがとうございます」
思わず、伴沢も口元が緩んだ。
住民課内は前代未聞の市役所が絡む結婚詐欺事件の話題で持ち切りだった。
嘱託軍団は、勝手な想像をお互いに言い合って勝手に盛り上がっている。
こんなにゴシップが大好きで個人情報を保護できるのか・・・?この件のうわさが漏れるのはかなりよろしくない。
「市川さん」
例の件からほとんど会話をしなくなったが、今回はクギを刺しておく必要がありそうだ。
「結婚詐欺とは決まったわけではありません。個人情報もありますので、他言無用でお願いします」
「わかってますよ、係長」
明らかに伴沢のことをよく思っていない言い方。顔に書いてある。
・・・わかっているならウワサしないでくれませんか?
「みなさんにも伝えてください」
「なんで私が言わなくちゃいけないのかしら?それは私の仕事ではありませんよ」
とげとげしい、とはこのことだ。
伴沢には、市川が面白がって触れ回っていることは分かっていた。しかし、証拠はない。
「じゃあ、一人ひとり、誰から聞いたか確認します」
すると、市川の顔が急に強張る。
「やっぱり、私から言うようにします。」
正規職員と嘱託員の格差は、嘱託員の大きな不満となっている。
なぜ、こんなに給料に差があるのに同じ仕事をしないといけないのか・・・。
こんな安月給でクレームを受けるのは割に合わない・・・。
たしかに、来庁者から見れば、正規も嘱託員も同じ「市役所の人」だ。
そういう意味では同じ仕事をしてもらわなければならない。
不満も一理ある。
だからといって、守秘義務は守ってもらわないと困る。
伴沢にはもう一つ、腑に落ちないことがある。
これは「結婚詐欺」なのか?
もし、男が麻沙美から金を奪ってトンズラするつもりなら、金が振り込まれたタイミングで音信不通になればいい。
しかも、婚姻届を出すのはかなりリスキーなはずだ。
「理由は他にありそうだな・・・」
いまは、唯一の手掛かりである、軽自動車の持ち主を特定することだ。
「丸井さん、ちょっと」
丸井の手が空くのを見計らって声をかける。
「いっしょに税務課に来てくれないか」
(つづく)
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