初めての方は第1話①からお読みください
「その婚姻届が見当たらないのですが・・・なにか心当たりはありませんか?」
八木はすごくばつの悪そうな顔で言った。
「2時間ぐらいした後に、男だけまた来て・・・」
「また来た???」
「『書き直したいところがある』というから、預かった婚姻届を返したんだ、まずかったかのう?」
伴沢は耳を疑った。
一度預かった婚姻届を返してしまう?
想定外だった。
想定外すぎてすぐに言葉が出ない。
「・・・まずくない、といえばウソになります。」
八木は黙ってしまった。
一度、受理した届出書を返してしまうと、今起きているようなトラブルになりかねない。
ただ、職員ではないシルバー人材センターの宿直には届出書を審査し受理する権限はない。そのあたりはグレーにしているから、『シルバー人材センターへの夜間窓口の委託』が成り立っている。
婚姻の要件を満たさない婚姻届は受理できない。
例えば、近親者同士の婚姻。同性の婚姻。
だから、夜間窓口に提出された婚姻届は翌朝に職員が審査するまでは受理したことにはしていない。
職員が審査し、適法であることを確認して提出された時間に遡って受理する、という少し無理のある制度にしている。
「八木さん、間違いないですね?」伴沢は念を押した。
「・・・間違いない」
八木を責める訳にもいかない。
そのあたりのマニュアルも整備されていなさそうだ。
「八木さん、ありがとうございました」
伴沢は丁寧に礼を言う。
八木が包み隠さず話をしてくれたことに敬意を表して。
「防犯カメラを見ていくか?」
「防犯カメラ?」
市役所の庁舎の至る所に防犯カメラが設置してある。
伴沢は、警察の捜査で防犯カメラの映像確認に立ち会ったことが一度だけあった。
間違いなくその男は2回とも映っているだろう。
映像は鮮明ではないが、八木の説明を裏付ける証拠にはなる。
このトラブルを解決する手段にはなりそうにもないが。
「今はいいです。必要になったらまた声を掛けますので、保存だけはお願いします」
早速、宿直室でのやりとりを説明すると、
「やっぱり無かったじゃないですか」
小澤は勝ち誇ったように伴沢に話す。
「相手は結婚する気なんかなかったんでしょうね。気の毒ですね~」
その顔は、ゴシップを楽しむ芸能リポーターのようだ。
(本当にイヤなヤツだな・・・)
正直、伴沢は内田麻沙美・・・いや、婚姻届は受理されなかったので荒木麻沙美、に説明するのは気が重たかった。
婚姻届を返してしまったのは役所のミスといえばミスだ。直ちに違法とまでは言えないかもしれないが・・・。
「内田さんがちょっとかわいそうね」
美香がつぶやく。やっぱり女性は女性の味方。
「どうして婚姻届を回収したんでしょうね・・・。結婚が怖くなったとか?」
「手がかりがなさすぎるな・・・。我々の関与できるような話ではないかもしれない」
伴沢も、男がなぜ、婚姻届を回収したか気になってはいるが、調べようはなかった。
残された仕事は、荒木麻沙美に説明するのみ。
伴沢が電話をすると、ワンコールするかしないかのうちに電話が繋がる。
「内田です」
その声は小さく、覇気がなかった。
「大和田市住民課の伴沢です。大変お待たせしました。」
「・・・見つかりましたか?」
伴沢は、八木から聞いた話を荒木麻沙美に伝えた。
慎重に言葉を選んだが、八木から聞いた話をなるべく正確に伝えたつもりだ。
怒られるのも仕事のうち。覚悟はしていた。
しかし、返事は意外なものであった。
「実は・・・、彼と連絡が取れないんです」
(つづく)
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