初めての方は第1話①からお読みください
翌日。
伴沢のところに『内田』と名乗る女から電話が入る。
「見つかりましたか?」
伴沢は一瞬戸惑ったが、電話の主が昨日の女だと分かる。
『内田』は婚姻後の氏。女の言う通り婚姻届が出ていれば、確かに『内田』になっているはずだが・・・。
婚姻前は『荒木麻沙美』
その名前で記憶していたので、夫の氏を名乗って電話をかけてきたときにはすぐには分からなかった。言われてみれば婚姻届を出したのだから、夫の氏を名乗るのも不思議ではない。
「いま、調査中です。」
「無くしたのであればマスコミに言います!」
語気が荒い。昨日とは別人のようだ。
脅し文句で「マスコミ」という言葉を使う者もいる。マスコミが相手にしないような話なら聞き逃すが、届出書の紛失となるとニュースになる可能性は否定できない。
実際に届出書の未処理が原因で二重に結婚したり、戸籍が二つできたりしたことがニュースになったことが過去にはあったからだ。
「大丈夫ですよ」
一抹の不安を抱えながら伴沢は返事をした。
とにかくカギを握るのはシルバー人材センターの八木だ。
八木は一人暮らし。携帯は持っておらず、庁舎管理に特別に教えてもらった固定電話に何度もかけるも繋がらなかった。
とにかく今は八木の記憶に頼るしかない。
荒木麻沙美が勘違いをしたり、ウソをついているとは思えない。
その日はただの天赦日ではない。麻沙美の誕生日でもある。自分の誕生日の特別な出来事を勘違いすることは考えられない。
・・・ウソをつくメリットもないな。
「係長」
美香の声。首を横に振る。
「まだ見つからないのか。」
「そうですね。本当に出したのかな・・・」
「八木って人に話を聞かない限りはなんともな・・・。」
「そういえば」
「?」
「私、妊娠はしてないですよ」
(あちゃー)という顔をする伴沢。
「今度から使わせてもらいますねー。変な男が寄ってきたら『おなかに子が・・・』って言えばいいんですよね」
「え、えーと」返答に困る。
「本当に妊娠来たときは、しっかり休みますので、よろしくお願いします」
内心はどう思っているんだろう?傷つけてしまったかもしれない。もしかしから美香はそういうところまで気を使ってくれているのか。
「・・・他に思いつかなかったんだ。許してくれ」
「別に知らない人に妊娠してると思われても気にしませんよ」
「そう言ってもらえると助かるな・・・」
「頼りになるのは係長です。小澤にも喝を入れてくださいよー」
「小澤がどうかしたのか?」
「あれから全然探してなくって。『ないものはない』の一点張りで」
「やっぱりな・・・。」
伴沢も小澤には手を焼いてる。頭がいいのは間違いないが・・・。
「私と丸井さんなんか、シュレッダーまで探してるのに!」
住民課内の捜索は課内総出(小澤は大してやらなかったが)でも見つからず、残りの思い当たるところはシュレッダーの粉々のみとなっていた。
・・・届出書をシュレッダーにかけることは絶対にありえないのだが。
「・・・悪いけど、もう少し頼む」
次の日の夕方
シュレッダーも全部探したが見つからなかった。
そして、八木は予定通り出勤してきた。
八木はまだこの仕事を始めたばかり。前回が3回目の勤務で、一人で宿直するのは初めてだった。
受付帳のことは引き継がれておらず、婚姻届を受け取る際の本人確認も失念していたという。
こればかり八木に責任を押し付けることはできない。住民課と財政課の縦割り。そして、シルバー人材センターへの外部委託の弊害。
(組織全体の問題だな・・・)
だが、八木は日曜日の12時ぴったりに婚姻届を出した男女のことをはっきり覚えていた。
「じゃあ、婚姻届はもらったんですね。」
「30分も前から車の中で待っていて、目の前でカウントダウンしていたからなぁ」
「その婚姻届が見当たらないのですが・・・なにか心当たりはありませんか?」
八木はすごくばつの悪そうな顔で言った。
「2時間ぐらいした後に、男だけまた来て・・・」
(つづく)
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