初めての方は第1話①からお読みください
「天赦日は、最上の吉日とされ1年に5~6日しかありません。百神が天に昇り、天が万物の罪を赦す日として、大大大大だ~い吉日!なんだって!!」
間もなく日付が変わろうとする深夜。麻沙美は大はしゃぎであった。
市役所の駐車場。
手には「ゼクシィ」の付録のピンク色の婚姻届。
人生最も幸せな瞬間を間もなく迎えようとしていた。
「あんまりはしゃぐなよ。夜なんだから」男は笑みをこぼしながら注意するが、麻沙美は嬉しすぎて意に介さない。
「ほら、あと1分だよ!12時になったらすぐ出そうね」
市役所の夜間窓口。
「こんばんわ、届出かい?」
市役所の人にしては高齢に見えるが、そんなことはもう気にならない。
「・・・3,2,1」
「はい!」
「ご結婚おめでとう、じゃ、これ記念品」
「なにこれ、ださーい」
「ワシもそう思うが、まあ、もらっておくれ。お幸せに」
とびきりダサい写真たてを受け取って、二人は岐路についた。
2日後の朝。
「丸井さん、昨日の夜ことだけど。妊娠の話、アレ、ウソだから」
「えーーーー!!」
住民課職員全員が振り向く。
「もうさっき、『美香さん、おめでとうございます。辛かったら仕事変わりますからいつでも言ってください』って言っちゃいました」
「もう、言っちゃったの?」
うわぁ、これは怒られるぞ・・・。
「係長、ヒドイ!!」
・・・すまんな。手っ取り早くあきらめてもらう方法が他に思いつかなったもんな・・・。
「係長!!」
うわぁ、美香さん、ごめん。
「係長、大変です。さっき戸籍をとった女性が、『婚姻届を出したのに、婚姻が載ってない』って・・・。」
単にまだ事務処理が終わってないんじゃないか?
「いま、届出書を探してるんですけど、見つからなくて・・・。」
「え?届出書がない?」
婚姻届に限った話ではないが、届出書を受理してから実際に戸籍に記載するのには審査や内部決裁があったりして2~3日はかかる。
「課長のとこにでもあるんじゃないか?」
「そこも見たんですけど・・・」
すると、窓口では戸籍担当の小澤が若い女性と話している。女性は泣いている。
「勘違いじゃないんですか?他の市役所に出したとか?」
・・・その言い方はないだろ?そんなの勘違いするか??よく目の前で泣いてる女性に『勘違いじゃないですか?』って言えるよな・・・。
「絶対に出しました。彼と二人でおとといの12時になるのを待って、おじいちゃんっぽい人に出しました・・・」
話が具体的過ぎる。勘違いの線はまずない。
「と言われても、無いモノは無いんです!」
それを聞いた女性は大粒の涙を流して泣き出す・・・。
伴沢は小澤は背後に近づき、襟首をちょっと引っ張って
(おい、小澤、いいから代われ)
「係長、無いモノは無いんですって」
まだそれを言うか?
「お前、ちょっと引っ込んでろ」
「・・・わかりました」
「大変失礼しました」
「・・・。」
「おとといの夜に、夜間窓口へ婚姻届を出したんですね?」
「・・・はい」
「いま、一生懸命探しています。本当に申し訳ありません。調べてお返事しますので、少しお時間をください」
「・・・無かったら出し直しですか・・・?」
伴沢は返事に窮する。
「・・・必ず、見つけます。」
「結婚記念日はどうしてもその日じゃないと困ります!」
婚姻日はこだわる人が圧倒的に多い。しかも、日にちを指定することはできず、出した日が婚姻日となるシステムだ。
「係長、いいんですか~?『必ず見つけます』なんて言っちゃって」
小澤は地元国立大の法学部出身。賢いのは間違いないが、面倒なことはとにかく大嫌いな男だ。終業時間直前にめんどくさそうな届出を持ってきた来庁者に『明日、出直してください』と平気で言う。だからクレームも多い。
「いいから、しっかり探せよ。今日は見つけるまで帰れないと思え」
「無いモノはないんですよ。届出がなくなるような管理はしてませんから」
たしかに小澤の言う通り、重要書類だけに無くすような管理はしていない。
「人間のやることに絶対はない。そういえば、さっき、夜間窓口に出したって聞いたけど、夜間窓口にも聞いてみたか?」
「・・・そんなこと言ってましたか?」
小澤の悪い点は、自分の主張ばかりで相手の話を聞いていないことだ。
「とりあえず、そっちに聞いてみるから。美香さん、小澤がちゃんと探すように見張ってて」
「分かりました係長。それと、さっき丸井さんが変なこと言っていたから説明してくださいね」
(やばいな)と思いつつ、伴沢は夜間窓口へ向かう。
「おとといの宿直は八木さんだな~。次は、明後日だな」
夜間窓口は財政課の庁舎管理担当の管轄。その昔は職員が当番制で宿直をやっていたが、現在は行革の一環でシルバー人材センターに業務委託されている。つまり、高齢者が夜の窓口担当。やはり老体に深夜勤は厳しいようで、人材確保には苦労しているという話らしい。
「直接話を聞くには明後日まで待つしかないか・・・」
(そういえば、受付帳を見てなかったな・・・)
受付帳とは、届出書を受理したときに、どんな届出を受付したか記録する書類。今はコンピューター管理になっているが、夜間窓口用に紙の受付帳を用意している。
しかし、
「ほら、やっぱりないですよ」
小澤の勝ち誇ったような声。受付帳には何も記されていなかった。
「どうするんですか?係長。『必ず見つけます』なんて言っちゃって」
・・・ホントに性格の悪いヤツだな・・・。
すると美香が気が付く。
「おかしいわね。この日、他の届出があったのに、何も書いてないなんて・・・」
「ホントだ。」
この日は他に5件も婚姻届が出ている。しかし、受付帳には一切記録がなかった。
「八木って人が書き忘れているかもな・・・」
(つづく)
※ 感想おまちしています
※ ランキングへの投票お願いします
【PR】 murata.xyz