初めての方は第一話①からお読みください
すると丸井が
「係長、すいません。実は・・・」
その時、内線が鳴る
「住民課、 伴沢です。」
「伴沢?上野だけど」
秘書課の上野。伴沢の同期。すでに課長補佐である。
30歳の時に総務省に出向し、2年後に戻って来て財政第一係長、そして市長の秘書をしている。将来の部長候補である。
もう秘書課から電話か、早いな。
「客をこっちに寄こすなって言ってるだろ?」
「勝手に行くんだから仕方ないだろ」
「ド派手なオバちゃんが来たと思ったら大声で『市長呼べ』って騒ぎだして。ヤバそうだったけどたまたま市長が戻ってきて『あら、市長さん、お元気?』だって」
「どういうこと?」
「どうやら知り合いらしい。市長が『また行くからよろしく』って言ったら、そのオバちゃんは急に機嫌が良くなって、『また来てね~。早く来てよ~』なんて言いながら帰っていったぞ」
「そっちでは大したトラブルじゃなかったってことか」
「まあな。ただ、知り合いってことは、これでコトが済んだのかどうか分からない。とにかく、市長が課長呼べって言っているから、江口課長に連絡するように言ってくれ」
ちょっと厄介そうだ。
「分かった。課長には伝える」
すでに丸井は泣きそうである。
丸井は新卒1年目。社会人経験はない。昨年から取り入れられた筆記試験のない「一芸採用試験」で入庁したのだが、特に一芸をアピールしたというわけではないらしい。
元議長の孫ということであり、コネではないかというウワサである。しかし、真面目でいつも笑顔を絶やさないため、憎めないキャラクターで周りの職員からの評価は悪くない。
ただ、ちょっと社会常識に欠けるところがあり、「『条例』と『条約』の違いって何ですか?」と真顔で聞いてきたことがあった。
「先週の金曜日なんですけど、いつも美香さんのところにきていた男の人が来て」
「え?」
「私と市川さんで対応したんですけど」
「それは聞いてなかったな・・・。」
「市川さんたちが、『係長には内緒に』って・・・。」
丸井の目に涙が溜まりだした。
前任者から聞いてはいたが、ここのベテランメンバーは平気で隠し事をしたり、ウソをついたりする。何度やられたことか・・・。
しかし、新人の丸井は例外。ミスもきちんと報告する。ここで「なんでそんな重要なことを報告しないんだ!」と怒鳴ってしまうと、本当に重要な報告が上がってこなくなる。
ー先週の金曜ー
例の男は5日連続でやってきていた。伴沢は会議と昼休憩でしばらく席を外していた。
昨日までと違うのは、大きめの紙袋を持っていた。
この辺りでは有名なケーキ屋のもの。
すぐに市川をはじめとする嘱託軍団は気が付く。
(今日も来てますね。美香さんいないのにね。)
しばらくロビーの隅でキョロキョロしていたが、いつまでたっても美香が現れないのでカウンターに近づき、たまたま近くにいた丸井に声をかける。
「鈴木さんは・・・?」
小さな声だったがなんとか聞き取れた。
「鈴木は3人いますけど」(美香さん目当てですよね?)
「あの・・・えーと、胸が大きい鈴木さん。」さらに小さい声で。
「(やっぱり美香さん!)鈴木は不在にしています。」
ここのルールは『来庁者に対して職員が休んでいることを教えない』であった。その昔、『休んでいる』と伝えて大クレームに発展したことが発端らしい。
が、これが誤解を生む。
「いつ戻るんですか?」
「え・・・、ちょ、ちょっと私にはわからないので・・・」
「戻るまで待ちます」
丸井はすっかり困ってしまった。「しょ、少々おまちください」
そのやりとりを見ていた市川(おせっかい好き)が、
「どんなご用件でしたか?」
「渡したいものがあって・・・。」
美香にケーキを渡そうとしていると気が付く市川と丸井。
「鈴木に渡しましょうか?」
市川の言葉に驚く丸井。(市川さん、どうするんですか?)
「じゃ、お願いします」
若い男からケーキを預かる市川。
(そんなの預かって大丈夫なんですか?)小声で聞く丸井
「じゃ、渡しておきますね~」
中にはケーキと一枚の手紙。
「あら、あの方はシバヤマヒデヨシとおっしゃるのね」
「市川さん、やっぱり良くないと思うんですけど・・・」
「丸井ちゃん、いい?どーせケーキは日持ちがしないから、私たちがおいしく食べてあげたらいいと思わない?」
他の嘱託軍団も「そーよねぇ」と口々に言う。
新人には反論できる雰囲気ではない。
「この手紙は私が美香さんに・・・」
「あら、美香さんは連絡先をもらっても『またもらっちゃった』っていいながら、いつもシュレッダーにかけてるの。だから、今回もシュレッダー行きでいいんじゃない?」
他の嘱託軍団も「そーよねぇ」と口々に言う。
「で、食べちゃったんだ、ケーキ」
「・・・すいません・・・」
もらってはいけないことなど、丸井は分かっている。
ただ、この職場で、嘱託軍団を敵に回して生きていけるほど甘くはないことも。
「・・・教えてくれて、ありがとう」
「・・・〇▲×・・・」
ついに丸井は泣き出してしまった。
「手紙はもうないんだね」
うなずく丸井。
「やっちまったものはしょーがない。あとはなんとかするさ」
あの男が「秀吉ちゃん」だと気が付けば美魔女への対応も違っていたかもしれない。
伴沢が先週、住民基本台帳を見ていたにも関わらず気が付かなかったのは、フリガナが『シュウキチ』になっていたからだった。
(相変わらずポンコツだな、ここは)
おっと、課長に市長に呼ばれていることを伝えなければならない。
今の話をすべきか・・・伴沢は悩んでいる。
(つづく)