第1話①「序章」はこちら
「ちょっとアンタ!謝りなさいよ!!」
市役所館内に響く甲高い声の主は40代後半と思しき美魔女。
金髪に近い茶色のソバージュ、どこに売っているのは不思議なくらいカラダの線がハッキリわかるタイトな服。バブルをひきづっているのだろうか。
対応しているのは美香である。
美香は気が強い。自分が悪いと思わなれば決して謝罪はしない。
「身に覚えはありません」
「あなたが連絡すると言ったから、うちの秀吉ちゃんはずーっと待っていたのよ!!」
『うちの秀吉ちゃん』には笑いそうになったが、笑ってはいけない。
「先週のその日は私は出勤していません。他のお客様のご迷惑ですのでお帰りください。」
「ウソばっかり!アンタみたいな職員はクビにしてもらうから市長呼んで!」
ここまでエキサイトしてしまったら、美香を引っ込めるしかない。
「鈴木の上司の伴沢です。まずは落ち着いてください」
「あんた、この女なんとかしてよ」
「私でよければ事情をお話しください(美香さん、ここは変わるから・・・)」
「失礼します(わたしにもなんだかさっぱり・・・)」
「あの鈴木って女が、うちの秀吉ちゃんに連絡することになってたのに、全然連絡してこないの!」
(『うちの秀吉ちゃん』はやめてくれ・・・)笑いをこらえる伴沢。
「それは失礼しました。鈴木が連絡するとお約束したということですね」
「先週の金曜日に連絡先を渡したと秀吉ちゃんが言ってるの!!」
「先週金曜?」
その日は、美香が休んだ日だ。
「その日は、鈴木は休みをいただいております。」
「そんなはずはないわ、ちゃんと渡したと言っています!」
「わかりました。状況を確認しますので、少し時間をいただけますか?」
とにかく、話が合わない。ここはひとまず落ち着かせるしかない。
「あんたもいい加減ね。市長呼んでちょうだい」
残念だが、自分の意に添わなければ「市長を呼べ」という市民は少なくない。
「恐れ入りますが、私の権限では市長をここに呼ぶことはできかねます」
「これだから市役所は嫌いなの。わかった、私が行くから」
こうやって無理難題を押し付ければ自分の要求が通るとでも思うのだろうか。
普通の職員なら慌てて止めに入るのだろうが、伴沢は違う。
「わかりました」
やめてください、と言ったところで市長室に向かってしまう人は向かってしまう、が伴沢の持論である。秘書課には「市民を案内するな」と言われているが、別に案内しているわけではない。勝手に行くのだ。
「それが秘書課の仕事だろ」
美魔女が早足で去ったところで、新人の丸井が「係長、大丈夫なんでしょうか?」と声をかけてきた。
あの美魔女、見覚えがある。しかし、思い出せない。
「係長、私にはなんのことだか・・・」
美香には何の落ち度もない。
「まあ、気にするな。何とかなるだろう」
「いきなり、『なんで連絡しないんだ!』ですよ。連絡先聞いてないって」
窓口業務には理不尽な出来事がつきものだが、今回は理不尽すぎる。
「美香さん、災難ですね」市川が声をかける。
「『秀吉ちゃん』には笑いそうになりましたけど」
あれだけ怒鳴られても、美香は冷静だ。
「あの人。なんか見覚えがあるんですよね~」
「市川さん、知合いですか?」
「いえいえ、ここで見た気がします」
「おいおい、なにがあったんだ?」
エロ課長・・・じゃなかった江口課長の登場である。この人は窓口でトラブルがあっても絶対に出てこない。他の管理職連中もそうだ。
「来庁者の勘違いですよ。」と伴沢。
「それならいいけど、あまり大ごとにしないでくれよ」
(市長室に向かいましたけどね)心の中でつぶやく。
江口は管理目標の達成ばかり気にして、窓口のことなどまったく関心がないようである。以前は忙しくなれば管理職でも窓口対応し、トラブルは管理職が対応したものだが・・・。
「納得はしていないようなので、また来るかもしれません」
「伴沢君、あとは頼むよ。私はああやってキーキーさわぐ女が苦手でね」
「(そもそも窓口が苦手なんですよね、課長)。わかりました」
そのあと、美香にあれこれ声をかける江口。江口はニヤニヤしているが、美香は終始、顔をしかめる。
確認する、と言ったものの確認のしようがない。本人は休みだから相手の勘違いの線が濃厚だろう。
すると丸井が
「係長、すいません。実は・・・」